第86回 京都大学丸の内セミナー








サ ル の 青 春 

 平成29年9月1日(金)18:00より

濱田 穣(霊長類研究所 教授)





 ヒトの寿命は長い、そして成長期間も長い。ヒトの成長パターンは霊長類にも共通し、樹上生活、多くの個体が社会を構成して生活すること、そしてとりわけ脳・知能の発達に関連するだろう。身体成長には、サイズの増大、機能やプロポーションの発達、オトナ(成体)状態への変化の3側面がある。そして受精卵からオトナまで、知能を含めて様々な器官と生活機能が異なるペースで発達する。

 人類の進化の過程で、生活史に他の動物に見られない、あるいは顕著な思春期*1(青年期)が加わった。思春期において身体成長が加速され(サイズ増大のスパート)、生殖機能が急速に発達して可能になり(性成熟)、そして成長が終り、生殖活動を営む成体期に達する。女性では月経周期がはじまり(初潮)、男性でも精巣が急激に発達し、精子を作る。そして二次性徴(乳房・陰毛・腋毛・変声・喉ぼとけ)が発達し、女性らしさ(多くは体脂肪の蓄積による)や男性らしさ(頑健さ、筋骨格系)の発達がある。このような成長パターンが形成された理由は何なのだろうか? つぎの三つの仮説が考えられる。

   1)コドモ期のゆっくりとした成長の遅れをとりもどすための
     「スパート」で、 それに性成熟が加わった。
   2)食物獲得を独自に行うことができるようになる、体力や地上の点で
     (得難い食物を獲得・処理する方法を学習し)。
   3)オトナの直前段階を社会に示す。

 サイズ成長のスパートは、ヒト以外の霊長類では体重成長には認められても、身長などの「長さサイズ」(あるいは骨格サイズ)での顕著なスパートは無い。このため思春期はヒト特有のもので、人類の進化において生活史に挿入されたのだと解釈する研究者もいる。しかし、これは霊長類の成長全般に関する視点に基づいてはいない。

 サルの「思春期」について、ニホンザル(マカク)とチンパンジーの性成熟ころの身体成長のありようをみてみたい。彼らにも2次性徴の発現を伴う「思春期成長スパート」があるのだろうか?それぞれオナガザル上科、ヒト上科と大きく異なる分類群にある*2。いずれも「複雄・複雌」の「乱婚制」社会を持つ。しかし社会の構造がニホンザルは「オス分散・メス居留」であり、一方、チンパンジーは「オス居留・メス分散」である。思春期になると、いずれかの性の個体が分散する、すなわち出生群から離脱し、他の群れへ加入する。これは近交を防ぐためのメカニズムでもあるけれども、社会構成員の入れ替えという意味もある。そして加入しようとする者は、社会への加入がうまくいくかどうかという重大な課題を持つ。これは人類においても同様である。思春期における身体成長は、こういった社会化過程*3と関連していることを示すことができるだろうか?




註:*1:ここでコドモ期と成体期の間を思春期とする。心理・認知機能発達研究者は青年期とするが、「青年」には成体期の直前といったニュアンスがある(そのため、前期・後期に分ける)。性成熟が急速に進む期間(Puberty)と変動しつつゆっくりと成長する後期とを含めて思春期としたい。成長期を段階にわけるには、身体成長のみならず、心理・認知・社会性機能の発達などによっても、定義される。Wikipediaによれば、「青年期(せいねんき、Adolescence)がどの時期にあたるかは発達心理学の諸説により異なるが、エリク・H・エリクソンの発達段階論によればおよそ13歳から20歳頃あたりまでの時期にあたる。 性成熟にともなう急激な身体的変化が現れ、心理的には内省的傾向、自我意識の高まりがみられる時期。不安・いらだち・反抗など精神の動揺が著しい。思春期と呼ばれる前半では身体的・性的に成熟し、後半では、自我意識・社会的意識が発達する。」ヒト以外の霊長類にとっては、このような心理・認知機能の状態は測れないので、身体成長へ反映されていないだろうか。

*2:オナガザル上科は、マカク、ヒヒ、マンガベー、マンドリル、グエノン、パタス、コロブス、ラングールなどを含む、旧世界(アフリカとユーラシア)に生息するサル類である。ヒト上科は、テナガザル(小型類人猿、アジアのみ)と、ヒト(人類)と大型類人猿(オランウータン、ゴリラ、チンパンジー)で、これも基本的に旧世界に分布する(ヒトは広く移住し、新世界-米大陸やニューギニア・オーストラリラなどへも進出した)。いずれの分類群も寿命が長く、成長期間が長く、そして複雑な社会を持つ。

*3: 幼児期の後、思春期の前のコドモ期には成長がゆっくりしている。ヒトのコドモ期はかなり長く、たしかに体重にしても身長にしても成長はゆっくりとしている。これは食べ物の供給が不足しているからであろう?たしかに良好な栄養価にとんだ食物を豊富に食べている子は成長が早く、早熟のようだが、食事制限されてなく平均的なコドモは痩せた感じの体をもち、ゆっくりと成長する。コドモ期には脳・知能の発達に相対的に多くの栄養(カロリー)が費やされ、脳・神経系の以外の身体への費えが少ないために身体成長が抑制されると考える研究者もいる。しかし、そのような成長パターンは、遺伝的・生理的にプログラムされている、そのように進化したと考えるべきだろう。コドモは社会の中で生命安全性(捕食者危険から守る)と食料的保障のもとに生活する期間である。思春期は、栄養状態・体サイズなどの身体特性の何らかの閾値があって、それを超えると始まるようである。そしてまた思春期は親の庇護を離れ、独自生活をスタートさせる期間である。社会との関わりが濃密になり、個体間関係を確立し(社会的コミュニケーション--複雑な認知機構の発達、成熟させ)、そして社会の成員として、社会的機能を担う。一方、じゅうぶんに繁殖を行うものとしての能力を身につける期間である。これらの課題に堪える身体とはなんであろうか?メス(女性)では魅力—良い配偶者を得、子への投資(栄養供給と安全ケア、妊娠・育児の能力)をじゅうぶんに行うことのできる身体・社会性(社会的知恵)であろうし、オス(男性)は社会の防衛・維持と配偶機会の獲得のために、身体サイズと頑健性、そして社会性(社会的知恵)。




© Kyoto University Research Coordination Alliance