第133回 京都大学丸の内セミナー
(現地/オンライン)

第133京都大学丸の内セミナー

豪雨と崩壊: 新時代の斜面災害予測

令和日(金)18:00 ~19:30

 松四 雄騎(防災研究所・教授)

  近年、 雨による土砂災害が日本各地で毎年のように発生しています。山の斜面が無数に崩れて土砂が沢を流れ、山麓の集落が被災してしまうといった状況は、報道でもしばしば目にするところでしょう(図1)。豪雨時に、なぜそのような現象が生じるのでしょうか? また被害を軽減(減災)するには、どのような方策があるでしょうか?

図1. 2018年の西日本豪雨で発生した多数の表層崩壊

  豪雨に伴う斜面崩壊や土石流は、流域の地形を作り出す自然現象の一つであり、それが全く起きないような対策を講じたり、流域から生産される土砂を全て人工構造物で防ぎ止めることは不可能です。減災のためには、斜面が崩れに至る過程と要因(素因と誘因)を理解したうえで、どのような雨を引き金として、どこで、どれほどの土砂移動が生じうるかをモデルによって予測し、警戒・避難に役立てることが望ましいといえます。

  豪雨の際、同時多発的に崩れているのは、山地を造っている岩盤が風化してできた土の層(土層)です(図2)。土層は樹木の根系によって斜面に保持されつつ、岩盤の風化と土粒子の緩慢な移動の結果として、尾根部で薄く、河道上流端の谷部(谷頭凹地)で厚くなってゆきます(図2)。谷頭凹地での土層の発達には数百年程度の時間がかかると考えられていますが、その様子は地形モデル上でのシミュレーションで再現できます(図3)。急傾斜で土層が厚い場所ほど、斜面は不安定となりますから、素因がこれで評価できるわけです。

図2. 山地斜面の表層を覆う土層の例

図3. 土層厚みの空間分布の計算例

  降水が地中に浸透すると、土層中の水圧(間隙水圧)が上昇し、土粒子同士がくっつく作用(粘着力)とこすれ合う作用(摩擦力)の両方が低下して、斜面は不安定になります。基盤岩との境界付近が壊れる(せん断破壊)条件に達すると、土層は斜面の傾斜に従って滑り落ちます(表層崩壊)。この表層崩壊の誘因となる水圧上昇は、先に計算しておいた土層の厚みの空間分布を場の条件とした水文モデルで評価できます(図4)。

図4. 降雨に伴う間隙水圧変化の計算例

 斜面の表層崩壊の素因と誘因をそれぞれモデル化して評価したことで、降雨時に山地斜面のどこが、どれほど不安定となるか(斜面の安全率)を、地理情報システム上で可視化できるようになりました(図5)。発災時の降雨を入力として計算すると、実際に生じた表層崩壊の分布とよく似た形状の不安定領域が出力されます。このとき、地中に張り巡らされた木の根のネットワーク(樹木根系)による補強の効果を考慮するかどうかで、結果が変わってくるので、森林の山地保全効果も評価できます。安全率の値と不安定領域の拡がりは、3次元的な地形の条件と雨の量に依存して時間変化しますから、この新しい表層崩壊予測システムは、これまでにない動的な4次元ハザードマップをもたらしたと言えるでしょう。

図5. モデルによる表層崩壊予測と実際の発災状況

  気候変動への適応の一環として、豪雨による斜面災害への対策の高度化が必要となっています。砂防堰堤などの人工構造物の配備(ハード対策)はもちろん有効ですが、精確な情報に基づく警戒・避難(ソフト対策)もうまく組み合わせ、バランスの取れた方策を考案してゆくことが大切です。講演では、山地流域の地表近傍領域を構成している斜面システムを概観し、減災を目標とした先端的研究を紹介します。