41回品川セミナー

クォーク、グルーオンから核力へ 

平成25104日(金) 17:30より

青木 愼也(基礎物理学研究所・教授) 

当日の講演映像

核子(陽子や中性子の総称)には、『核力』と呼ばれる強い力が働き、その結果、銀河や星や我々の体を構成する原子核(陽子と中性子の複合体)が存在できます。

 湯川秀樹氏は、1935年に発表した中間子論において、この核力が当時未発見であったπ中間子の交換によりもたらされると予言しました。その後、加速器を用いた核子-核子散乱実験の進展により、核子同士が遠く離れている時は湯川氏の考えは正しいが、近距離になるとπ中間子では説明できない大きな斥力(反発力)が働くことが明らかになって来ました(図1参照)。

この斥力は、原子核や中性子星の構造にも重要な役割を果たすことが分かってきています。この近距離の斥力(斥力芯)の起源については、南部陽一郎氏が1957年に提唱したω中間子による説明を始めとして、様々な理論的試みが過去半世紀以上にわたって行われてきました。

 一方で、核子はもはや素粒子ではなく、クォークとグルーオンというより基本的な要素から構成された複合粒子であること、クォークとグルーオンを支配する力学が量子色力学(QCD)と呼ばれるゲージ理論であること、などが1970年代に確立しました。これにより、核力を複合粒子間の相互作用と捉え、QCDをもとに第一原理から理解しようとする気運が生れましたが、QCDの強い量子効果と非線形性のため、それを実行する事は極めて困難であり、素粒子・原子核物理における大きな未解決問題となっていました。

 我々は、まず、複合粒子間の相互作用としての核力が核子間の相対波動関数とそれが満たす線形偏微分方程式を用いて自然に定義できる事を理論的に示しました。

 さらに、この理論的枠組みを、4次元時空を離散格子で置き換える格子QCDと呼ばれる手法と組み合わせて、高エネルギー加速器研究機構が擁するスーパーコンピュータを用いた大規模数値計算により、2007年に核力を導くことに初めて成功しました。

図2にあるように我々が得た核力は、遠距離での湯川理論のみならず、短距離での斥力や中間距離での引力を再現しています。核子散乱の実験データを用いず、第一原理計算だけから、このような核力の基本的性質が導出できたことは、理論物理学における近年の大きな成果であると言えます。

 我々の研究は、湯川以来の核力の問題に解答を与えたというだけでなく、QCDから原子核を研究する上での新しい地平を拓いたと考えています。現在は、この方法を使ってさまざまなハドロンの間の相互作用を格子QCDを用いて統一的に理解しようと研究を進めています。

 本講演では、図などを用いて上記の内容をなるべく平易に解説して行く予定です。