38回品川セミナー

多能性幹細胞を用いて多面的に心臓再生に挑戦する

平成2575日(金) 17:30より

山下 潤(iPS細胞研究所・教授)

ES細胞(胚性幹細胞:embryonic stem cells)は、マウスやヒトの早期胚(胚盤胞)から内細胞塊と呼ばれる部位を取り出して樹立した細胞株であり、体中全ての種類の細胞に分化することのできる万能の幹細胞と考えられる。我々は1998年頃から、マウスさらにはヒトES細胞を用いて心血管細胞の分化再生研究を行ってきた。すなわち、ES細胞から系統的に血管細胞の分化と血管形成を再現できる独自の分化誘導系を開発した (Nature, 2000)。これを用いて新たな心筋前駆細胞の同定や動脈静脈リンパ管内皮細胞誘導とその分化機構に関する様々な解析を行ってきた(FASEB J, 2005; Arterioscler Thromb Vasc Biol, 2006a, 2006b; Blood, 2009; J Cell Biol, 2010; Blood, 2011(表紙); Stem Cells, 2012a; Cell Stem Cell, 2012)。

京都大学山中教授らにより樹立され、昨年ノーベル賞を受賞したiPS細胞(人工多能性幹細胞:induced pluripotent stem cells)は、種々のマウス・ヒト組織からES細胞と同等の能力を持つ幹細胞を誘導することに成功したもので、再生医療への応用等が大きく期待されている。我々はiPS細胞に関しても並行して研究を進め、マウスiPS細胞からの心血管細胞の分化誘導 (Circulation, 2008)およびヒトiPS細胞の効率的心筋細胞分化誘導及び純化に成功している(PLoS One, 2011a, 2011b)

これら幹細胞分化に関する知見・技術と細胞シート作製技術(東京女子医大)を組み合わせ、iPS細胞から誘導した心臓組織を作る細胞群を用いて細胞シートを作製し、心筋梗塞モデルにおける移植効果とその機構を明らかにした(Stem Cells, 2012b)。また、将来的な薬による心臓再生の可能性を探索するため、低分子化合物を用いた心筋分化の効率化を進め、免疫抑制薬サイクロスポリンA (CSA)の新しい心筋分化促進作用を見出した(Biochem Biophys Res Commun, 2009)。同知見をもとにCSAの1000倍以上低濃度で心筋分化を誘導する化合物や約14倍に心筋細胞を増殖しうる化合物カクテルの同定に成功している(未発表)。

こうした細胞分化に関する多面的アプローチを統合的に応用することにより、種々の病態・疾患モデルの構築や創薬、また新しい細胞治療など、心臓血管再生に対する様々な新しい治療戦略が開拓できると考えられる。心臓再生に向けた最先端の試みについて紹介する。

心臓シートの大型化:径10cmのディッシュ(右)を使い、径約3cm余りのヒトiPS細胞由来心臓細胞シートを作製した。
心臓シートの肥厚化:組織工学的技術の応用により、厚さ約100ミクロン程度だった心臓シートの厚み(左)を、約700ミクロンに改善した(右)。(ヒトの心臓は厚さ数ミリメートル)